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Transparent 03

Transparent 掲載三回目


   03



 
 ユニアが宿泊しているというホテルの部屋にたどり着くなり、僕は言葉を失った。

 いや、正確にはホテルに入る前からというのがただしいだろう。なんとここはVIP御用達といえるような高級ホテルだったからだ。おそらくこのステーションにある宿泊施設の中ではトップクラス。僕が同級生たちと泊まっていたホテルとは雲泥の差。

 宿泊しているのは、いかにも身なりのいい高官や上流階級といった人たち。

 僕らのような若者が泊まるには場違いもいいところだ。

 いや、更に訂正。場違いなのは僕だけかもしれない。少なくともユニアはこのような場所にあっても違和感なく溶け込んでいるように見えた。

 おそろしいくらい美人の彼女は堂々としている。どこぞのご令嬢といった振る舞いだ。

 身に纏っている淡い桜色のワンピースやアクセサリーだって、よく見ればかなり高級な品に見えてくる。

 かといって、けばけばしく飾り立てたような嫌味な美しさはない。

 スクールの同年代の異性とはまた違った雰囲気。清楚な大人っぽさとでもいうのか。

 もっとも言動や行動は、見た目とは必ずしも一致しない。それは彼女と出会ってからの数時間で思い知った。

 それはいい。問題は彼女が宿泊している部屋だ。

 そこはホテルのスイートルームだった。

 僕のような中流家庭の人間には、一生を通じて縁があるか無いかといった場所。

「どうしたの。さっきからキミ、ずっと言葉を失って棒立ち状態だよ」

 広いリビングにあるソファーに腰をおろしながらユニアが言った。

「いや、だってここ、スイートルームだよね」

「そうね。でもこのホテルは大半の部屋がスイートよ。特別な訳じゃないわ」

「そうは言ってもこんな部屋、僕らのような若者が泊まるようなところじゃないっていか。ユニアはご両親か誰かと来てるのかい?」

 僕は思った疑問を投げかけた。

 彼女がもし裕福な家の令嬢だとしても、一人でこんな部屋に泊まるものだろうか。

 ここは誰か大人に付き従って来たのではないかと思うのが自然だ。

 それにこの疑問は別の意味でも重要だ。家族がいるのに、のこのこと女の子の部屋に押しかけたとなれば、気まずいどころの話ではない。たとえ僕の存在が認識されていなかったとしてもだ。

「私は一人旅よ。家族も誰も来ていないわ。だから遠慮なんて無用」

「それはそれですごいな。君は連邦出身と言ってたけど、かなり上流の家柄ってことか」

「裕福であるのは認めるわ。でも自由の少ない窮屈な家よ。こんな所に泊まっているのだって、ちゃんと信用ある場所にいなさいっていう家族の圧力」

「大事に思われているんだね」

「飼われているだけよ」

 少々不機嫌な声音でそう言われる。まずい部分に触れたのだろうか。

「そんなことよりもリグ。シャワーはあっちにあるから浴びておいでよ。それと制服はクリーニングに出すから、ここのカゴに入れておいて」

「う、うん」

 僕はユニアに言われるままシャワーを借りることにした。

 スイートのバスルームはさすがに広い。手入れの行き届いた本物の大理石や細かな調度品も、かなり高価なもので間違いないだろう。

 だが機能は意外にもシンプルだ。古めかしいとも言えなくはない。

 僕は早速、少し熱めにしたお湯を身体に浴びた。ただそれだけの行為なのに、身体の余分な力が抜け、心がホッとしていくのがわかる。不思議なものだ。
 
 それから髪と身体もしっかりと洗い、薄くのびていた髭も剃る。

 一通り身を綺麗にした僕は、スクールで使っていたジャージに着替えた。こっちはあまり使っていないからまだ汚くはない。洗面台の側にはバスローブなんかもあったが、それを着て彼女の前に出るよりはさすがに躊躇われた。

「シャワーありがとう。おかげでさっぱりしたよ」

 リビングに戻った僕はユニアに礼を言った。

「髭もちゃんと剃ったのね。好感度アップだよ。困ったことはなかった?」

「大丈夫。使い方もわかりやすかったしね。むしろ、何か変わった機能でもあるんじゃないかと思っていたから、ちょっと拍子抜けなくらい」

「なによそれ」

「たとえば、室内全方位の景色をかえるような環境ホログラフィーとかさ。連邦の上流家庭ではそういうのが流行ってるって聞いたことがあるけど」

「あんなののどこがいいのかしら」

「でも最先端の技術っていうし」

「たしかにそういう最新設備をウリにするホテルもあるわね。でもああいうのはニセモノの高級感でしかないわ。だってホログラフィーは本物じゃないもの。本当の高級さや贅沢とはまるで本質が違うわ」

「随分と厳しい意見だね」

 僕は男子だから、そういった最新のテクノロジーに興味があるほうだが、どうも彼女はそういうタイプではないようだ。

「リグ。キミは技術やテクノロジーの進化が、本当に人間を幸福に導くと思う?」

「それは……使い方次第なんじゃないかな。でも便利になるのはいいことだと思うけど」

 面白みのない答えだという自覚はある。そんなこと深く考えたこともないから。

「本当にそうなのかしら」

 ユニアは憂鬱そうに小さくため息をついた。

「君はそうじゃないと思ってるの?」

「正直わからないでいるわ。勿論いい恩恵があるのもたしかだけど、行き過ぎた技術は様々なものを狭くしていくわ。世界も人の心も」

「そういうものなのかな。僕にはよくわからないよ」

「帝国で暮らすキミにはそうなのかもね。こっちで使われているテクノロジーはまだギリギリ許容範囲だし、人が人らしく暮らしている世界に思えるわ」

「ユニアのいた連邦はそれとは違うっていうの?」

 連邦の正式名はトロンバース連邦。地球種由来の人類種族のみで形成された統合巨大国家。

 異星種族との共存を唱える帝国とは立場を異にし、地球種人類こそを至上のものとする考えで成り立っているという。

 とはいえ徹底的な排他主義の集まりという訳ではなく、異星種族とも最低限の交流は持っているようではあるが。

 そんな連邦は、様々な分野のテクノロジーにおいてこの銀河でも一歩秀でている。僕の知りうるところとしてはこんなものだ。

「連邦は一言でいえば真っ白な牢獄ね」

「そりゃまた物騒な。じゃあユニアはそこの囚人なのかい」

 僕は彼女の言葉の意味をはかりかねていたが、とりあえずノリでそう答えておく。

「まさにその通りよ。私は今こうやって一人で旅行を続けているけど、本当の意味での自由なんて持ち合わせていないの」

 大袈裟に嘆くようなフリを見せるユニア。その時、ルームのチャイムが鳴った。

「あ。夕食のルームサービスが来たようね」

 ソファーからひょいと起き上がり入り口のドアに向かう彼女。

「そんなの頼んでたんだ。たしかにもうそういう時間か」

 現在は銀河標準時で十八時。ステーション内もその時間に合わせて昼夜を再現している。

 シャワーも使わせてもらえたのだし、僕もそろそろこの部屋を出て自分の食事を調達しないといけないな。

 そんなことを思っていると食事を受け取ったユニアが戻ってくる。

「さあ、キミも一緒に食べましょう」

「え、いいのかい?」

「育ち盛りのキミには物足りないかもだけど、私一人では食べきれないくらいの量を注文しちゃったしね」

 運ばれてきたカートには、たしかに女の子ひとりには多そうな食事が載せられている。

 あまり甘えるのもどうかとは思えたが、ちゃんと調理された食事はあまりにも魅力的。僕の胃袋はその誘惑に屈してしまった。

「そこまで言うならご馳走になるよ」

 こうしてダイニングルームに移動して食事を摂ることになった。

 ユニアは小皿を用意して、僕のために色々と取り分けてくれる。肉料理もあるが、大半は野菜中心の献立だ。ヘルシー志向なのだろうか。

「もっとがっつりした物が食べたかったんじゃない?」

「いや、そんなことは」

「いいのよ。私だって味気ないと思っているもの。まるで病院食みたいなバランスだしね」

「健康に気を遣うのは良いことじゃないか。それに味は悪くないよ」

 僕はスープをひとさじ飲んで言った。温かいというだけでも嬉しいものだ。

「リグは素直ね。こんな食事でも喜べるなんて」

「ユニアはこういう食事嫌いなの? だったら他に好きなもの注文すればいいのに」

「そうもいかないわ。私は囚人だもの」

 またそんなことを言われる。

「うーん。僕にはよくわからないな。それってどういう意味なんだろう」

「私は一人旅をしているけど、本当の意味での自由なんてない。それは言ったわよね」

「うん」

「私たち連邦出身の人間はね、体内にメディスキャナーという身体状況を監視するナノマシンが注入されているの。そして毎日の就寝前、PR(political rights)と呼ばれる連邦のサーバーに自身の健康状態を報告する義務があるの」

「つまり毎日、健康診断されてるようなものってこと、かな」

「そういうこと。これは連邦の市民である以上、いかなる場所に居ようとも怠ってはいけない義務。でも、これって正しいことだと思う?」

「どうだろう。毎日ってのは面倒かもだけど、そんな悪いものでもないんじゃ……」

「毎晩の報告結果を反映し、翌朝にはその日のライフプランが送られてくるのよ。不足している栄養の情報や過剰摂取を禁じる食材の警告。他にも体調不良の兆候や不摂生が見受けられたら、それに対する助言や生活指導も入るの」

「なるほど。それはちょっと細かいね」

 このときはまだ、親に毎日小言をいわれるくらいの感覚でしかとらえていなかった。

 彼女の次の言葉を聞くまでは。

「連邦政府が定義する健康指標に沿って暮らすのが模範的な市民の在り方。でもそれを守れない市民は反社会的な者として社会評価も低くなるわ。そうなると社会に出ても出世による地位向上なんて誰も認めてくれない。多くの一般市民はそうなるのをおそれて、政府が理想とする模範的な人間でありつづけようとするの」

「それって必ず守らないといけないものなの?」

「そういうことはないけど、社会の空気はそれを許さない感じね」

 ユニアは小さくため息をついて、フォークでプチトマトを転がす。

「自分の好きなものを思う存分に食べる。身体に多少の負担がかかっても夜更かしして遊びたい。そういうのは連邦では悪徳にすぎないの。だから私も旅行先とはいえハメなんて外せない。そんなことしたら政府指導で旅先からの帰還を勧告されるだけ。当然それに従うのをやめたら反社会的な人間というレッテルを貼られてしまう。私は模範市民であることを条件に少しの自由を許されているだけなのよ」

「連邦は想像以上の管理社会なんだね」

「リグ。キミはスクールの帰りとかに、友達と買い食いとか、どこか立ち寄って遊んだりしたことある?」

「そりゃまあ。夕方とか小腹も空くし」

 内気で友達の少なかった僕でもそれくらいの経験はある。

「じゃあその際、コレは食べてもいいけどアレは駄目とか、自分の健康に合わせて行く店を決めたりしている? あるいは第三者にそれを指図されたりとかしない?」

「誰もそこまでは考えないと思う。残りの小遣い次第で店を決めるのはあるけど」

「自由で羨ましいわ。連邦で暮らしているとそうも行かないもの。一見、自分の裁量に任されているように見えても、ライフプランから逸脱した行動には、毎回うるさいくらいの警告が体内のナノマシンから発せられるもの」

「なんだかそこまでいくとゾっとするな」

 彼女の言う「囚人」という意味が、僕にもようやくわかった気がした。

 そこまでの管理を強いる社会のシステム。それを成すためのテクノロジー。悪いことばかりではないのも事実だが、行き過ぎたそれは本当に牢獄や鳥籠のようだ。

「人間はね。もっと自由であってもいいと思うわ」
 
 プチトマトにフォークを突き立ててぐちゃりと潰し、それを口に運ぶユニア。

 特に美味しそうに食べているという感じには見えない。ただ機械的に栄養を摂取しているような雰囲気だ。

「ごめんね。リグ。なんだかつまらない話しちゃったね」

「僕こそごめん。君にも色々とあるんだなって感じたよ」

「なによそれ。私はまだ自分のことなんて大して語っていないわよ」

 クスクスっと笑う彼女。僕も思わず笑顔がこぼれる。

「まあ、私のことを知りたいならこれからゆっくり教えてあげてもいいけどね。夜はまだまだ長いんだし」

「でもさすがに長居はできないし、食事が終わったら今日は帰らせてもらうよ」

 僕はあくまでも普通のことを言ったつもりだが、彼女は首を傾げた。

「帰るってどこに? キミはここに泊まっていいんだよ」

 まるで当たり前のことのように言い返される。

「い、いや、さすがにそれはまずいよっ」

「帰るアテのないキミに野宿させるほうが人として気まずいわよ。遠慮する必要なんてないんだから泊まっていくの。これお姉さん命令よ」

「そんな時だけ年上ぶられても。何か間違いでもあったらどうするのさ」

「別に襲ったりしないわよ。それとも何かな。キミの方が私に欲情しちゃうの?」

 ユニアはまたからかうような表情をしている。

「しないよっ!」

「だったら何も問題ないじゃない。私もキミのこと信頼してるし大丈夫」

「そんな根拠もなく信頼されてもなあ」

 僕は小さくためいきをついた。

「問題がおこりそうになったら、そのときにまた考えましょ。ね?」

「わかったよ。じゃあお世話になります」

「よろしい。お姉さんは素直な子、好きだよ」

 結局また彼女の強引さに流されてしまう自分が情けない。

 ただ、今のユニアは楽しそに笑っている。連邦の話題をしていた時はどこか沈んだ表情だったから少し安心した。

 食事を摂り終えた後はリビングに戻ってくつろぐことになった。

 泊まっていく覚悟を決めたとはいえ、やはり女の子と二人きりというのは落ち着かない。

 嫌とかそういう訳ではないが、こういった状況に慣れていないから、どんな話題を振ればいいのかもわからないし。

 いや、話題は何だってある筈なんだ。僕の異変のことでも、今後のことについてでも。

 けれどこの状況に緊張してしまって自然と会話が切り出せない。

 そんなぎこちない僕を見かねてか、ユニアは「テレビで好きな番組でもみたら」と声をかけてくれた。

 僕はその提案を受け入れ、少しテレビをつけてみる。

 丁度、エアライドの中継がやっていた。エアライドは各惑星で開催されるエアバイクレースの総称だ。銀河のあらゆる国家からの参加が認められ、定められたレギュレーション内で各チームが腕を競い合って優勝を目指す。

 エアライド専用のマシンは各チームとも実に個性的。僕はレース内容よりもそういったマシン方面に興味がある。模型を沢山もっているくらいだ。

 今回のレースは、帝国のリゾート惑星のひとつであるシスンで行われているようだった。

 レースは中盤から後半へ差し掛かったところ。広大な蒼い雲海を凄まじいスピードで突っ切っていく各チームのマシンは、やがて最終ポイントである浮遊岩塊群へ。優勝候補のマシンが激しく競り合っている。

 最終的に優勝をもぎとったのは連邦のスティンガーというチームだった。ライダーであるクレイ・ドナークの実力もさることながらマシンの性能が素晴らしすぎる。

 僕は思わずテレビ画面に拍手を送ってしまった。

「キミは帝国のチームを応援しないの?」

 ユニアが訊ねてくる。

「僕は特定のチームを応援してるとかはないね。どのチームにも素晴らしいマシンがあって、どこにも頑張って欲しいからね」

「ふうん。私、こういうのあんまり見ないからよくわからないわね」

「あ、ごめん。他の番組の方がよかった?」

「別につまらないって言った訳じゃないわよ。キミの好きなものをみてくれて構わないわ」

「でも興味がないなら退屈じゃないかな」

「大丈夫。私、読書中だったから」

 そう言って彼女は手に持った何かをヒラヒラと振ってみせる。

「それってまさか紙の本?」

「正解。連邦じゃ中々手に入らないんだけど、こっちに来てようやく作ってもらえた逸品」

 本がデジタルテキスト主流となった今、紙媒体の本は一部の好事家にのみ愛好されるものとなった。それだけに随分と珍しい物だといえる。

「作ってもらったってことは、製本業者に依頼したってことかい?」

「うん。さすがにオリジナル原本の入手は高額すぎるもの」

「でもテキストデータからの製本だって結構な値段するよね」

 平凡な学生の小遣いではかなり厳しかった記憶だけはある。

「そこだけは裕福な家であったことに感謝かしら」

「けど、どうしてわざわざ製本した本なんて。携帯して持ち運ぶのも不便だし、年数が経てば劣化もしていく訳だし」

「その不便さがいいのよ。大好きなテキストだからこそ製本という特別な形にして持ち歩きたい。劣化していくのだって物の儚さを感じさせてくれるわ」

 本をそっと胸に抱き、愛おしそうに語る彼女。

「それにこれは、行き過ぎたテクノロジーに嫌悪を抱く私の、ささやかな反逆行為。合理主義の連邦の中にあって、私は一歩間違えれば反社会的な不穏分子なのよ。自分でもおかしいのは理解しているつもりよ」

「そこまで卑下しなくても」

「でもそれは本当のことよ。だって考えてもみて。私が生まれた時にはもう連邦は平和で変化のない社会だったの。そんな中で育ったのなら、他の同年代の子と同じように、今の連邦の在り方に何の疑問も抱かない、もはやそれが当たり前というように受け入れているべきだろうに、私はそうならなかった」

 またユニアの表情に憂いの色が見てとれる。

「君はそのことについて、何か悩んだり苦しんだりしてる?」

 お節介かもしれないが、僕は思わず訊ねてみた。

「どうだろ。私は私。そう思って生きてるつもりだけど、結局は自分を押し殺して社会が理想とする模範市民を演じてしまうのが悩みね。あと周りとの認識のズレを感じるたびに、寂しい気分になったりするわ。でも私は、自分の感じている違和感が間違ってるとは思わない」

「便利なテクノロジーに対する嫌悪的な意見も含めて?」

「そうね。そういった技術を悪だって言い切るつもりはないけど、連邦での扱い方はどこか人として間違ってるように思えてならないの。優しさが感じられないというか」

 ユニアは目を伏せて言葉をつづけた。

「もしキミなら、怪我をして動けないような人を見かけたらどうするかな? 周りには他に誰もいないような状況を想定して」

「そりゃ誰もいなかったら僕が助けなきゃだよね。声をかけたりすると思う」

「他には?」

「近くの医療端末を利用して簡単な怪我なら手当ても手伝うし、自分でどうにもならないようなら然るべき医療機関に連絡したりとか、かな」

「なら、せめて救急車が来るまで、その人のそばには居てあげる?」

「もちろんだよ」

「ありがとう。私もそれこそが人の持つ優しさなんだと思う。でも、いまキミが言ったことのすべて、連邦だと実行する人なんて殆どいないわ」

 さすがにそれには驚いた。それが事実だとすると連邦の人は冷たいなんてものじゃない。ちゃんと人の心を持ち合わせているのだろうか。そんな疑問すら湧いてくる。

「すべての人が無関心って訳ではないけれど、わざわざ声をかけたりする必要性がないのよ。私たちの身体の中には医療監視のナノマシンがあるから、大きな怪我とか負ったりしたら、その段階で医療機関へ緊急信号が届くようになっているの。救急車もすぐ来るわ」

「様子を見守ってあげるのは大事だと思うんだけどな……」

「もっと酷いのは病気の場合ね。連邦では余程の事情でもない限り、病気になる人を冷たく見下す傾向があるの。病気になるってことは、ライフプランから逸脱した行動をとっていると見なされるから。だから風邪なんかひいても優しく看病してくれる人も少ないわ」

 僕はしばらく何も言い返せなかった。

 彼女の語るトロンバース連邦という社会に、不気味なものを感じずにはいられなかった。
 だが、それをもってして連邦が非人道的かといえば、それは違う。人が健康的に正しく管理されていて、多くの人がそれを当たり前のこととして受け入れているのなら、表向きそこには何の問題もないからだ。

 それでも僕個人の考えを言えば、漠然と何かが違うという気持ちが強い。

 文化と環境の違うのだから、多少の常識が異なるのは当然かもしれないが、そういう考え方もあるんだな、というようには何故か受け入れ難いものがあった。

「変な社会よね」

 ユニアがつぶやき、僕も思わず頷いてしまう。

「やっぱりそうよね。変よね。でも、私は連邦という社会の中で生まれて育った。それなのにどうしてこんな違和感をかんじることになったのかしら」

 どこか自嘲するような言葉に、彼女の苦しみが見え隠れしている気がした。

 連邦の在り方が正しいのかどうかは別として、多くの市民にとっての常識に染まれなかったユニアの気持ちを思うと、少し胸が苦しくなる。

 間違った考えをしていないとはいえ、ひとりだけ他者と違う状況にあるのは心細いものがあるだろう。

 彼女はただ明るいだけの女性ではない。そのことを改めて思い知った。

「でも、ユニア。君が感じてる違和感って、そんな変なものじゃないと思う。だって人間はひとりひとり個性が違って当然じゃないか。それに僕らくらいの年頃って、堅苦しいものとかに反発したくなる気持ちってあると思うんだ」

 いわゆる反抗期というやつだ。素行不良の学生のような荒れ方はしたこともないが、ちょっとしたことで親に反発して口論になったりとかは僕にだって経験がある。

 気休めかもしれないが、少しでも彼女を元気付けてあげたいと思った。

 それに対してユニアはというと、目をキョトンとさせた後、お腹をおさえて爆笑し始めた。

「なるほどなるほど。たしかにキミの言う事、すごくもっともだよね。確信ついてる」

「そんな笑うなんてあんまりじゃないか。僕は真面目に言ったつもりなのに」

「私を元気付けるために?」

「そうだよ」

 ムッとなりながらも勢いでうなずいてしまう。だが同時に「しまった!」とも感じる。このことをネタにまたからかわれるのではないのか?と思ったからだ。
 
だが、次に彼女から発せられた言葉は次のようなものだった。
 
We all want to help one another. Human beings are like that. We want to live by each other’s happiness, not by each other’s misery.
 
 それは銀河標準語とは違う、古い言葉の響き。
 
 意味は理解できなかったが、彼女の口から紡がれたその言葉は、限りなく優しく柔らかい。

「なんて言ったの?」

「私たちは皆、互いに助け合いたいと思っている。人間とはそういうものだ。相手の不幸ではなく、お互いの幸福によって生きたいのだ。……この本に書かれている言葉よ」

 そう言って彼女は手にした本を開いて見せた。おそらく今の言葉が書かれているのだろう。

「リグ。ありがとう。本来なら私がキミを助けてあげなきゃなのに、キミの言葉にちょっと救われた自分がいるよ。困っている人がいると感じたら助けてあげたい。元気付けたい。やはり人間ってそういうものだよね」

「うん。僕はそれで間違ってないと思う」

「なんだか嬉しい。意見の合う人とようやく出会えたみたいな感じで」

 微笑む彼女は本当に嬉しそうだった。更に言えば反則的なくらいに可愛い。

 僕なんかの言葉で、こんなに嬉しそうに笑ってくれる女の子なんてはじめてだしな。

 なんにしても少しは元気になってくれたようなのでホッとする。

 ただ、自分の身におきた異変を棚に上げて言う訳ではないが、なんだか僕よりも彼女のほうが脆く儚い存在のように思えた。

 でもこれは失礼な考えかもしれないので心の奥にしまい込む。

 少なくとも僕は彼女と出会えたことで救われているのは間違いない。誰かとこうやって話せるというよろこび。ひとりではないということが、これほど心強いんだということを改めて理解できた。

 いや。もっと正確に言えば、ただ話せるというだけでは駄目なんだ。

 互いに向き合って、理解しようとする気持ちが大事。自分にとって共感できるもの、逆に納得いかないもの。それらを含めて相手がどういう人なのかを理解する姿勢とでもいうべきか。

 勿論、無作法に踏み込んではならない領域もあるが、そのときはそのときだ。

「ねえリグ。今夜は手を繋いで一緒に寝てあげようか?」

「はい?」

 また唐突に素っ頓狂なことを言い出す彼女。

「元気付けてもらったお礼だよ。それにキミがどこかに消えてしまわないか不安なの。私はキミを助けてあげたいのに、勝手に消えられちゃったら困るもの」

 なんだかメチャクチャな言われようだが、ユニアの表情にからかいの色は見えない。

「そんなこと言って……間違いが起こったらどうするんだよ」

「ん~。そのときはそのときで考える。駄目かな?」

 まったくこの子ときたら。僕でなかったらどうなってることだかわからないぞ。

 正直自分だってそこまで紳士でいられるだろうか?

 少し考えてみて、僕は頷いた。

 大丈夫だ。僕は彼女にやましいことなんてしない。……この子が望んでこない限りは。

 我ながら情けない決意かもだが、ユニアを軽はずみな気持ちで傷つけたくないのは偽りのない気持ちだ。

 恋だの愛だの言う気はない。ただ人として誠実でありたいと思った。

 それだけだ。



~つづく~









コメント

読みました。
いまさら気づいたけどこの作品の背景世界は昔やったTRPGと同じなんですね。トロンバース連邦、すごい懐かしいッ。
わたしがホルストを演じてた頃から考えるともう結構経ちますね。
ホルストも連邦の健康管理を毛嫌いしてアウトローな船乗りやってたけど、あの時のシナリオでも連邦の目をかいくぐって密輸作品みたいな展開ありましたね。
それはさておきユニアちゃん。明るく元気なお姉さんかと思いきや結構な悩みを抱えていたのですね。
ホルストのように達観した大人ならまだしも、彼女くらいの年齢の子は一度でも社会に疑問を抱くと、それを自力でどうこうできないもどかしさがあるっていうのはよくわかります。
環境の違う社会で育った二人がどう支えあい影響しあうのか先が楽しみです。

よければホルストもチラッと登場予定とかあれば、元プレイヤーとしては嬉しかったり。

No title

ふうちゃん。感想ありがとう^^
今作の背景世界はあのガープスのキャンペーンで使ってたやつです。
ふうちゃんのことだからオズバ・スカナで気づいてると思ったけど、気づいてなかったのねw
もう何年も前に作った世界観だから一部分は新設定もあるけど、各国の社会構造は当時の設定のままです。
目線が変われば見え方もかわるっていうのか、ユニアからみた連邦ってのは
今回示した通りです。
でもTRPGでプレイされていた時って、連邦もここまで悪いイメージではなかったんじゃないでしょうか? 
まあそこはふうちゃん演じる不良中年ホルストの明るさもあって、堅苦しいだけの人間ばかりじゃないんだぞっていう部分も表現できたしね。

ホルストの登場についてはさすがに考えたことないけど、面白そうだから少し検討してみます。そうなるとチェーザレやナポレオンも出したくなるねww

 

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