スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Transparent 05

Transparent 掲載五回目


   02


 僕はスイートルームのドアをおそるおそる開けて、ホテル内の廊下に出た。

 堂々と出て行けないのは、無断で滞在してしまったことへの罪悪感と外の世界への恐れがあるからだ。

 従業員に見咎められるならまだいい。でも、今日もまた誰からも認識されないのではないかと思うと、不安でたまらなくなる。毎日その現実を突きつけられるのが苦しかった。

 自分の身に起きた、悪夢のような現象。本当に夢ならどれだけ救いだったろうか。

 知らぬ間に元に戻っていたりしないだろうか? そんな希望にすがりたい気持ちもあるが、今日もどうせ駄目なんだろうなと思う気持ちの方が強くなっている。

 覚悟は決めたつもりなのに、情けないほど臆病になっている自分が悔しい。

 ただ、そんな僕の気持ちなどお構いなしに、後ろにいる彼女が声をかけてくる。

「ちょっとリグ。そんなコソコソ出るような真似はやめてよ。愛人との浮気現場から出て行く訳じゃないんだから……」

 また随分な言われようだった。

「そうは言っても、誰かに見咎められでもしたらユニアだって気まずいだろ?」

「私はそんなの気にしないわ。むしろ誰かに気づいてもらえるなら、今のキミにとっては嬉しいことじゃない」

「それはそうだけど、こんな気まずい場面で認識されたりするのもなあ」

 なんだか複雑な気分だ。

「とにかく堂々としましょ。大体、人に見咎められる時ってコソコソと怪しい動きをしていたりするからなのよ。警官の職務質問にしかり」

「されたことあるの?」

「ないわよ。失礼ね。あくまで一般論よ」

 まあたしかにユニアは職務質問されるようなタイプには見えない。

 連邦の基準からすれば反社会的な考えの人間かもしれないが、それでも連邦社会の枠組みから逸脱するような行動まではとっていないと思うから。

 昨夜も就寝前、メディスキャナーの体調報告は怠っていないようだったし。

「さあ、こんなところで時間費やすなんて勿体ないわよ。せっかくのデートなんだから」

 ユニアは僕の手を引いて、足早に歩き出した。

 少し強引ではあるが、余計な不安など考える間もないので、そこは助かる思いだった。

 こうして僕たちはホテルのロビーをも抜けて外に出た。

 外とはいってもここは衛星軌道上にあるステーションの内部。上を見上げても青空がある訳でもなく、天候制御パネルの天井が見えるだけだ。

 人工的な昼夜をつくりだす以外に、季節の変化も表現できるようだが、快適さが第一とされるので極端な暑さや寒さはない。

 それにしても。やはりというべきなのか、今日も僕はユニア以外に認識されている様子はなかった。

 というのも、ホテルのロビーではユニアがテンション高く声を張り上げていたにも関わらず、誰からも睨まれることはなかったからだ。あんな高級なホテルで騒がしくしていれば、普通ならばもっと目立つのは間違いない。

 勿論、彼女がテンション高く騒いでいたのはわざとだ。僕に意識を向けている間の彼女は、僕同様に周囲から認識されないという事実を再確認するためだ。

「やはり誰も僕を見てくれないね」

「落ち込まないの。私だけはちゃんとキミのこと見てるから」

 そう言ってユニアは、腕をからめて寄り添ってくる。僕は思わず息を呑んだ。

 手を繋ぐだけでも気恥ずかしいというのに、こんなに密着されると彼女の身体の柔らかさを感じずにはいられない。特に胸は思った以上に大き……いや、なんでもない。考えるな。

「ユニア、これはちょっと寄りすぎなんじゃないかな」

「ん? デートなんだしサービスしたつもりなんだけど」

「でもこういうのって親密なカップルとかがやるものなんじゃ」

 むしろ親密な者同士でもここまでやるのは勇気がいるんじゃないだろうか。ここは別段、雰囲気のあるデートスポットでもない。明るい街中でこんなことができるのは、周りが見えてないカップルくらいなものだ。

 そう感じるのは僕の偏見だろうか?

 実際に女性と付き合ったことなんてないから、正直偉そうなことはいえない。

 僕が奥手すぎるだけで、ユニアにとってはこれくらいのスキンシップは当たり前ということだってありえる。

 一応は美人で明るい性格だし、冷静に考えるとボーイフレンドなんかも多そうだもんな。

「リグはこういうの嫌なの?」

「そういう訳じゃないけど、明るい街中では照れくさいっていうか。それに君こそ、僕相手にそこまでする必要なんてないんじゃないかな。本当に恋人同士って訳でもないんだし」

「そう言われるとたしかにそうだけど、デートってこういうものなんじゃないの?」

「残念ながら僕は女の子とデートなんてしたことないから、何とも……」

「そうなんだ。私も男性とデートなんて初めてだから、よくわかってなくて」

「えっ。そうなの?」

 僕は思わず驚きの声をあげた。

「何よ。その意外そうな顔」

「だって君はモテそうだし、こういうのには慣れてるのかと思ってたからさ。それこそ彼氏だっていてもおかしくなさそうだし」

「そんな相手がいたら一人旅なんてしてないわ」

 それに、と彼女は言葉を続ける。

「連邦での若い男女の付き合いはもっと慎ましいものが美徳とされているの。過度のスキンシップは理性というメンタルバランスを狂わす要因とみなされ、場合によってはライフプランナーから清い若い男女交際の在り方について、ありがた~い指導を賜うハメにもなるわね」

 皮肉たっぷりにユニアは言った。

「だったらユニアは僕にこんなことして大丈夫なの?」

「そりゃちょっとはドキドキする面もあるけど、理性を失って不純な行為に及ぶほど愚かじゃないわよ」

「君がそう思っていても、僕がその限りでなかったとしたらどうなるのさ」

「そうなったら、そのときまた考えましょ」

「僕がホテルに泊まる事になった時も、これと同じやりとりをしたよね……」

 思わずそう突っ込むと、ユニアは少し寂しそうな表情で笑った。

「ごめんね。からかうとかそういうつもりはないんだけど、私にも正直、よくわからないの」

「わからない?」

「リグも既にわかっていると思うけど、私は連邦の社会の在り方に息苦しさを感じているわ。でも、それに従っていくしかないのかなという諦めの気持ちと、ささやかでも反発してやりたいっていう気持ちがグチャグチャに入り混じっているの。だからもしリグが私に情欲の気持ちをぶつけてきても、自分はその時どんな反応をするのかが本当にわからないの。正しい貞操観念に従ってキミを拒むのか、反社会的な感情から自分の身を傷つけてしまうのか」

 この言葉は彼女の本心だ。僕にもそれは伝わった。

「……僕も理性ある行動を心がけるようには努力するよ」

「ありがとう。多分こんな話ができるのは、キミだからなんだと思う。口先だけの調子の良い男性とは違うって感じるしね」

「だとしたら光栄だよ」

 僕は素直に嬉しく感じた。

 あと、ユニアの息苦しいという気持ちもわからなくはなかった。

 世間や学校ではおとなしいと言われる僕だって多感な年頃の少年だ。将来のことを考えたとき、彼女と似たような気持ちを覚えたことはある。

 真面目におとなしくやっているだけの自分に疑問を感じたこともあった。

 人気者になりたい訳ではないが、自分だけが持つ輝いた個性に憧れたこともある。

 でも、僕は情けないくらい凡庸で、人より秀でた何かも持ち合わせていない。

 社会にも出てない学生がそんなことを考えるのは早計だという意見もあるだろうが、最初に何かしらの限界を感じるのが僕くらいの年齢なのも間違いない。

 子供から大人への手前。小さな幼子が将来の夢を語るのとは訳が違う。努力してかなうことと、かなわないことの線引きは漠然とでも見えてくる。

 勿論、ユニアの悩みを、そんな思春期的なものでひと括りにしていいかは別だ。

 連邦のような管理社会の中では、彼女の悩みは将来の社会適合性にもかかわってくる。これは僕の想像だが、連邦では一般的な思春期の迷いや悩みも、快くないものとして扱われているように思える。そんな悩みが生じないようなメンタルケアとか普通にありそうだし。

 僕の暮らす帝国では、思春期の悩みを社会悪だとまで糾弾されることはない。けれど連邦にとってはそうでないのだとしたら、ユニアのような息苦しさの消えない者にはあまりにも住み辛い世界だ。

「こういう時って亡命とかできないのかな」

 何気なくつぶやいた言葉に、ユニアが怪訝そうな目を向けてくる。

「なんでいきなり亡命だなんて出てくるのよ」

「あ、いや。亡命ってのはちょっと大袈裟な表現だよね。政治的な問題でもないんだし。ただ、ユニアが連邦での息苦しさを感じるようなら、帝国に移籍とか出来ないのかなって」

「なるほど。そういうこと。たしかに条件さえ満たせれば法的には不可能ではないみたいだけど、私個人でどうにかできる問題ではないわよね。キミより年上とはいえ未成年だもの」

「それもそうだよね」

 帝国でも連邦でも地球種由来の人類種族が成人とみなされるのは二十歳から。

 それにユニアはおそらく連邦でも上層の家庭の育ちだ。裕福な立場を捨ててまで国籍をかえるとなると、まわりだって黙って認め
てくれるとは思えない。

「面白い発想だとは思うけど、やはり現実的ではないわ。でも、私のことを思って言ってくれたんだから、それはそれで嬉しいかな」

「適当に思いついたことを口にしただけだけどね」

「なら、こういうのはどう? リグが帝国でも偉い立場の人になって、私を妻にしたいってプロポーズするの。それなら私も周囲を納得させて、こっちに嫁いでこれるかも」

「そりゃまたすごい発想だ。僕はどこまで偉くなればいいんだろうね」

「皇室や上級貴族の養子にでもなっちゃうとか?」

 その言葉には思わず笑ってしまった。

「どんな道筋を辿ればそんな未来が拓けるのか想像もつかないよ」

「そこをどう頑張るかで男の子としての株があがると思うよ。キミだって私のような美人を奥さんに出来るなら無茶を承知でやってやるぞ~って気分にならない?」

 ユニアも冗談めかして話を広げてくる。

「自分で美人って言うかな……」

「それはまあ言葉の流れ。リグだって私のこと美人だって言ってくれたじゃない」

 たしかに今朝のやりとりでそんなことを言った。

「それに女性である以上は謙虚すぎるのも考え物。自分に自信を持ってこそ、美人に近づいていけるものなんだから」

「たしかにそういう意識は大事なのかもね。でも、君は僕にプロポーズされたとして嬉しいものなのかい。僕は君と釣り合いがとれないくらい凡庸な男子だし」

「そこはキミの努力次第だよ。さっきの話じゃないけど、私の為に頑張って地位を高めるとかされたら、本当に惚れちゃうかもしれないでしょ」

「なるほど。もっともだね」

「努力してみる気になった?」

「それはどうだろう。別にプロポーズしたい訳でもないし」

「キミ、デート中の男の子としてその発言、どうかと思うよ」

 ユニアにそんなダメ出しをされつつも、僕らの足は繁華街区画に自然と向かっていた。

 ここの繁華街区画は宇宙ステーションの中とはいえ、この辺境の星系にあっては最先端の品物が揃う場所だ。それだけに観光客以外に、仕事で赴任してきた人々なども多く訪れる。

 ショッピング、食事、娯楽。ここでは大体のことがまかなえてしまう。

「こんな時間でも人が沢山いるのね」

 すれ違う人々を眺めながらユニアが言う。

 時刻はまだ昼前。それに今日はまだ平日ということを考えれば、たしかに人は多い。

 でもきっと僕たちは、周囲にいる誰からも意識されていないだろう。

 今は不思議と心細さは和らいでいた。傍にいてくれるユニアの温もりのおかげだ。

「さて。どこを見てまわろうかな。何か希望はあるかい?」

 僕が訊ねるとユニアは近くにあった3Dマップの案内図を確認する。

「そうね。繁華街の中心部はこの前にも一人で見てまわったし」

「僕もそのへんは行ったなあ」

「なら先に食事なんてどうかしら。ちょっと気になる場所あるの」

 たしかに昼食を摂るには悪くない時間だ。僕はユニアについていくことにした。

「あったわ。ほら、あそこの屋台」

 しばらく歩いた後にたどり着いた場所は、繁華街の大通りを逸れた裏手の方だった。彼女はその奥にある屋台を指さす。

 ホットドッグでも売っているのかと思ったが、どうもそういうものとは違うようだ。帝国領内ではあまり見かけない雰囲気の赤を基調とした屋台には、銀河標準語とは違った独特の文字が派手な看板等に描かれている。

「あれって神覇語?」

 読めるわけではないが、あの文字の形には見覚えがあった。

「正解。あそこには神覇のちょっとした食事が売られているみたいなの」

「それは珍しいね」

 神覇こと正式名称、神覇聖帝国は地球種由来の人類の中でも、中華系民族と呼ばれる人々によって興された巨大な軍事帝国だ。

 国交こそはあるが、正直なところを言えば、ここの帝国や連邦と仲の良い国とは言い難い。

 彼らが正式な国を興すまえは辺境宙域を彷徨う無法な海賊というイメージが強かったというし、武力こそを至上とする考え方は、周辺諸国から未だ警戒の目をもって見られている。

「こんなことを言うのも何だけど、帝国領内で商売なんて成り立つのかな」

 帝国の一般市民からすると神覇人にあまり良い印象はない。おっかない感じがするからだ。

「ここには旅行で訪れる神覇人もいるんだし、需要はあるんじゃないの? それに見た感じだと国や人種問わず客足も多いみたいよ」

 ユニアの言うとおり屋台には帝国の一般市民と思しき人々も訪れている。

「とりあえずリグはその辺で待っていて。私で適当に買ってくるから」

「ありがとう。世話になるよ」

 人々に認識されない僕が行っても何にもならないから、おとなしく従っておく。

 ユニアの方に目を向けると神覇人の屋台店主とにこやかにやりとりをしている姿が見えた。

 特に何も問題はなさそうに思える。屋台の店主も人当たりのよさそうな小太りの中年男性だし、その横には明るい笑顔で接客をこなす神覇人の女性もいた。

 あと何といっても、屋台で食事を購入したであろう客たちの笑顔。実に幸せそうに買ったものを頬張っている。微笑ましい光景だ。

 神覇人だからといって不必要に警戒心を抱いてしまった自分が馬鹿みたいだった。

 けれど。僕は何か妙な違和感も覚えていた。

 それに気づいたのはユニアが屋台に向かってからなのだが、首筋にチリチリとした痛みを感じる気がするのだ。

 別に超能力だとか言う気はないが、こういう痛みを感じるときは何かしら良くないことが起きる前触れが多い。勿論、何もなかった時もあるのだが。

 ユニアが少し離れたことで不安になっているのだろうか?

 いや、いくらなんでもそれはない。距離はあっても彼女の姿は目に届く範囲だ。

 ならばあの神覇人たちへの警戒がまだ消えてないのだろうか。

 それも違う。漠然とだがそう思えた。

 ……ならば、この違和感はなんだろう。気のせいではあってほしいが、意識すればするほど何かに視られている気がする。

 そうだ。間違いない。

 これは何かに視られているという感覚だ。それも快くない者の視線。

 でも、だとしたら一体誰に? 屋台のほうからではないと思う。

 もし誰かが今の僕を視ているのだとしたら、僕を認識できる相手がユニア以外にもいるということになる。

 僕は慌てて周囲を見渡した。だが何もわからない。こちらに視線を向けているような人物は目視できる範囲にはいなかった。

 その時、ちょうどユニアが戻ってきた。声をかけられた僕は思わず身構えてしまう。

「どうしたの? なんか怖い顔してるよ」

「ごめん。誰かの視線を感じた気がするんだ」

「えっ? それって私以外にもリグを認識してた人がいるってこと」

「気のせいかもしれないけど、そんな風に思えたんだ」

 僕は落ち着きを取り戻しながら言った。

「それって本来なら喜ぶべきことだと思うんだけど、キミの様子を見る限り、そんな感じではなさそうだよね……」

 ユニアも警戒するように辺りを見渡す。このときには誰かに視られているという感覚は消えていた。

「なんだか嫌な視線っていうのかな。不吉な感じがしたんだ」

「そんな視線を向けられる心当たりは?」

「まったくないと思いたい」

「わかったわ。疲れから来る気のせいならいいけど、とりあえず意識の端には止めておきましょう」

 ユニアは軽くウィンクしてそう言うと、僕に小さな容器を差し出してきた。

「屋台で買った小籠包だけど、食べられそう?」

「うん。ありがとう。いただくよ」

 僕たちは近くにあったベンチに横並びに座ると、早速小籠包に口をつけた。

 薄皮に包まれた豚の挽き肉の旨味もさることながら、ジューシーな肉汁のスープが口の中に広がっていく感じがたまらない。

「想像していた以上にスープも熱々なのね。でも美味しいわ」

 幸せそうに小籠包を味わうユニア。僕も同感だった。

 この小籠包に似たものなら別のところでも食べたことはあるが、そのときのものはただ生温かいだけで、こんな熱々のスープもない代物だった。

 これほどの味をこれだけ気楽に買えるのならば、この屋台に様々な客が訪れるのも頷ける。

「ね~ね~。これだけで足りる? よければ他の物も買ってくるけど」

 ユニアは屋台の味に満足したのか、他の料理も試してみたい様子だった。

 けれど僕は首を横に振る。

「これで十分だよ。美味しいから色々と食べてみたいのも山々だけど、朝食を多めに食べたせいもあってか、そんなにお腹が空いてなくてさ」

「そうだったかしら? 私の財布に遠慮してるのなら、そんなの気にしなくていいのよ」

「ありがとう。本当大丈夫だから」

 お腹が空いていないというのは半分はウソだった。かといって彼女の財布に遠慮した訳でもない。

 理由は先ほど感じた不吉な視線だ。それが気になって正直食欲どころではなかった。

「とりあえず他にも行きたい場所があったら、そっちに行こう」

 僕は立ち上がってそう促した。

「それじゃあもう一箇所、私の思いついた場所に付き合ってもらおうかしら。でも、そのあとはリグの行きたい場所も考えておいてね」

「わかったよ」

 苦笑して頷くと、僕は再びユニアに案内されるまま歩き出した。

 次に彼女が向かったのは繁華街区画の中でも高級店ばかりが並ぶストリートだった。

 貴金属を扱う店やブティックは、僕のような学生でも聞いたことあるような有名どころばかり。どこも格調高い店構えをしており、一般の学生なんかに買えるような品物など置いているようには見えない。

「ユニア。こんなところで買い物するつもりかい?」

「気に入った物があれば、何か買ってもいいわね」

 さらっとそう言われる。

 彼女は一体、どれだけお金を持っているんだろう。

 店のウィンドウにディスプレイされた商品の値段をみるたびに、僕は驚きのため息がもれる。

 さすがにこの通りは人の往来も少なかった。帝室御用達の看板を掲げる店に訪れる客など、そうそう限られてくるのだから無理もない。

 僕は完全に腰が引けていたが、一緒の彼女は堂々としている。

(やれやれ。僕はお嬢様の従者の役すらこなせていないな)

 そう思って苦笑した時、ユニアはとあるブティックの前で足を止めた。

 そこは少々古めかしい印象を与える店だったが、同時に伝統ある気品も感じさせる。

「わあ、すごい。やはり本物は違うわね!」

 突然ユニアが目を輝かせて、感嘆の声をあげた。

 彼女の視線が釘付けになっているウィンドウには、帝国貴族が礼装で着るような豪奢なスーツとドレスの本物がディスプレイされていた。

 ホログラフィで再現されたサンプルとは一線を画しているのは僕にも理解できる。

 なんといえばいいだろう。これは美術館などに来て、本物を見たときの感動と同じものだ。

 スーツもドレスも、ひと目でものすごい生地を使っているのがわかるし、手の込んだ細工には名のある職人の技を感じさせた。

 昨夜ホテルの部屋で、ユニアはホログラフィなどニセモノの高級感だと言っていたが、今なら僕にもそれがわかる。見せかけの高級感とは違う本当の贅沢さというものが。

「ねえ、中に入ってみましょうよ」

「それはまずいんじゃないかな。いくら君がお金持ちでも買えるアテとかあるの?」

「買うのは無理だけど、手にとったり試着してみたいじゃない」

「いやいやいや。そんな普通の店じゃないんだから、簡単に手にとったりもできないよ」

 僕が慌てて言うと、ユニアは悪戯っぽく微笑んだ。

「そんなのわかってるわよ。でもキミと入れば大丈夫よ。誰も私たちに意識を向けないわ」

 とんでもない事をサラっと言われ、僕は露骨に顔をしかめた。

 僕に意識を向けている間の彼女は、どういう訳か僕同様に周囲から認識されない。その現象を利用すれば、たしかに店の人間に見咎められることもないだろう。

 でも、そういうのはフェアじゃない。

「僕はそんなことに利用されるなんてご免だからね。悪いことには協力なんてできない」

「コンビニで食べ物を失敬していたキミがそれを言う?」

「あれは止むを得ない理由からだろ。それに僕は自分の身におきたこの現象に悩み戸惑っているんだ。面白半分に扱われるのはいい気がしない!」

 少しカチンときていたのか、口調が厳しくなる。

 ユニアはびくっと身体を震わせると、すぐに神妙な表情で肩をすくめた。

「……ごめん。ちょっと軽率だったね。浮かれすぎちゃってたかも」

「こっちこそごめん。きつい口調だったし、びっくりしたよね」

「ううん。悪いのは私なんだからリグが怒るのは当然よ。年上なのに情けないなあ」

 しゅんとなってうなだれる彼女は本気で反省しているようだった。

 だが、ユニアが浮かれる気持ちもわからなくはない。目を輝かせて食い入るように見入っていたのだから、テンションはかなり上がっていたことだろう。

 素人の僕ですら思わず感動するほどのドレスだ。本当の価値を理解できる彼女なら、もっと間近で見たいという欲求に抗えなかったのもわかる。

 僕は少しだけ思案してから、心を決めた。

「ユニア、やっぱり一緒にこの店入ろう」

「え? でもどうして」

 驚きの表情をみせた彼女の手をそっと取る。

「今日はデートなんだし、女の子を喜ばせてあげるのも男の役目かなって思い直した」

「リグ……ありがとう」

 彼女は照れくさそうに微笑むと、手を握り返してくれた。

 ちょっと甘すぎただろうか?

 勿論、当たり前のように利用されるのは嫌だけど、ユニアがそのことを反省してくれているなら話は別だ。

 それに彼女には、いろいろと力になってもらっている恩もある。

「よし、入ろう!」

 もはや引っ込みはつかない。僕は彼女の手を引いて、店の扉をくぐる。

 中は、外の世界とは切り離されたかのような静謐な空間だった。伝統ある意匠をこらしたテーブルや椅子、そしてワードローブが目に飛び込んでくる。

 実際に入ったことはないが、まるで帝星にある宮殿の一室かのようだ。

 ここで働く店員さんも、その格調高さに恥じないくらいの立派な礼装に身を包んでいる。

 それに較べると僕らはどうだ?

 品の良い洒落たワンピースのユニアはまだしも、僕は有名とも言えないような学校の制服姿だ。あまりにも場違いとしかいいようがない。

 幸いというべきか、やはり僕たちは店員さんに見咎められることはなかった。

「ユニア。わかってるとは思うけど、常に僕のことは意識しておいて」

 ドレスに夢中になるのは結構だが、僕から意識を逸らした途端に店員さんに認識されるのはマズいので、一応は釘をさしておく。

「了解。ずっとキミのこと意識してるから安心して」

 捉えようによっては甘い言葉のやりとりのようにも聞こえるが、勿論そんなものではない。

 ユニアはワードローブにあるドレスを自由に手に取ったりして感動している。本来ならばそんな勝手は許されないだろう。僕は心の中で店員さんたちに謝っておく。

「リグも自分に似合いそうなスーツを探してみたら?」

「やめておくよ。手に取るのも畏れ多いくらいだからね」

「せっかくの機会なのに勿体ないわよ」

「いいんだよ。それに男性のこういう服ってそれなりに見栄えする人間が着ないと、陳腐な仮装にしかならないしさ」

「……ああ。なるほど~」

 彼女は僕の姿をじろじろと見つめた後、クスリと笑った。

「失礼な想像まではしないでくれるかな」

「ごめんごめん。でも、キミだってちゃんと身なりを整えれば決して悪くないと思うよ」

 本気で言っているのか、無難に慰められただけなのか。

「まあ僕の服については気にしなくてもいいからさ。それよりもユニアはどうなんだい。気に入ったドレスは見つかった?」

「どれも素晴らしくて目移りしちゃうわね。キミなら私にどういうドレスが似合うと思う」

「んー。どれでも似合うんじゃないかな」

 彼女は美人だし服の着こなしのセンスだって悪くない。だから僕は割りと本気で答えたつもりなのだが、不機嫌そうに唇を尖らせたユニアの表情を見る限り、今の回答では駄目だったようだ。

「もうちょっと言いようはあるんじゃないかな」

「そうは言っても、僕は女の子の服の良し悪しなんてわからないし」

「難しく考えず、もっと気楽でいいのよ。例えば清楚で露出の少ないものがいいとか、大胆に肩や胸元を露にしたものがいいとか。キミ好みの女性像ってない訳?」

「生憎とそんなの考えたこともないよ」

「やはりリグって、男性の方が好きとか、そっち系?」

「断じて違うっ!」

 そもそも“やはり”って何だよ。その根拠はどこからくる。

「冗談よ冗談。キミは女性慣れしてない純朴な少年ってことよね」

「間違ってはいないけど、そうハッキリ言われるのも釈然としないかな」

「ま、私と一緒にいれば嫌でも慣れてくるわよ」

 ユニアはそう言って笑うと、一着のドレスを持ち出して僕に見せる。

「せっかくなんだし、これ、試着させてもらってもいいよね?」

 淡い水色のそのドレスは裾がふんわりと広がった豪奢なものだった。帝国貴族の晩餐会などで貴族の姫君なんかが着ていそうな感じだ。

「それは僕が判断すべきことではないと思うけど、ここまで無茶をしたついでだ。この際、試着くらいは許してもらおう」

 僕は肩をすくめて頷き、もう一度心の中で店員さんたちに謝っておく。

「じゃあ私、着替えてくるから近くで待っててね。あと、わがまま聞いてくれたお礼として覗くのは自由です。な~んて」

「純朴な僕にそんなことができるとでも?」

「うふふ。なら、外での見張りよろしくってことで」

 ユニアはそう言うと、弾むような足取りでフィッティングルームへと入っていった。

 僕はおとなしく待つことにする。

 それと、この店を出た後のことも考えないといけないな。気分転換のデートと言う名目で出歩いてはいるが、自分の身に起きた異変について調べることも必要だ。

 とはいえ、どこで何をすればいいのかがわからない。

 調べごとをするなら図書館にでも行くべきだろうか? さすがに紙媒体の書籍を扱うような図書館はこのような辺境のステーションにはないだろうが、デジタルテキスト化された書籍データをおさめた図書館ならあったような気がする。

 わざわざ足を運ばなくとも携帯デバイスでの閲覧も可能なのだが、いくつかの専門的な分野に関してはデバイスでの閲覧に制限がかかってしまう。更に言えば、今の僕は機械にすら認識されない有様だから、図書館の端末がちゃんと機能してくれるのかも怪しい。

 そうなると、ユニアの世話になるしかないだろう。

 本当、彼女には頼りっぱなしだな。

 そう思って肩をすくめた時だ。また首筋にチリチリとした痛みを感じてハッとなった。

 まさか、また誰かが僕を視ている?

 心に不安が広がると同時に、たしかに嫌な視線を感じる。だとしたらどこからだ。

 緊張の面持ちで周囲を確認しようとした瞬間。

【店の外だ】

 突然、若い男性の声が脳裏に直接響き渡り、僕は飛び上がらんばかりに驚いた。

 これってテレパシーか何かなのか? 

 今まで味わった事のない感覚に戸惑いながらも、慌てて店の窓から外を確認する。

 道路を挟んだ向かい側に黒いコートを着た男が一人立っていた。サングラスと帽子をしているので細かな表情はわからないが、その男はまっすぐにこっちを見ている。

 間違いない。僕を視ていたのはあの人だ。

 そしてもうひとつ感じることがあった。それは、彼が僕にとって友好的な相手ではないということ。本能がそう告げている。

 ユニアにもこの事態を伝えるべきか? 

 だがそれを判断する前に再び脳裏に声が響く。

【外に出て来い。オマエ一人でだ】

 僕は躊躇った。友好的に思えない相手の要求に素直に従うなど、何が起こるかわからないのだから。

【急げよ。オマエが出て来ないと大勢の死傷者が増えることになるぜ】

 あきらかなる脅しの言葉。有無を言わせぬ威圧感がある。

 そして、男の右手。その掌に小さな赤い光がうまれた。

 何かの道具を使ったようには思えない。突然うまれたその光は、男の掌で徐々に大きさを増してゆく。

 僕は唖然となった。

 あの光はまるで炎の塊だ。それが今やバスケットボールくらいのサイズまで膨れ上がる。

【早く来な。これを店の中に撃ち込まれて大惨事を招きたくはないだろ?】

 ハッタリの幻だと思い込みたかった。でも僕の直感はあの火球が本物の破壊の力を秘めていると警告している。

 まったく冗談じゃないぞ。あんなのアニメや漫画に出てくる超人の技でしか見たことない。脳裏に直接語りかけてきたり、掌から火球がうみだされるなんて、まるで超能力や魔法じゃないか。

 ……いやまて。そうだ。あれは【魔法】か何かに違いない。

 今までこの目で見たことがないというだけで、【魔法】という技術は存在するのだから。

 だが、それに気づいた所で状況が良くなるものでもない。むしろ本当に危険であるとの信憑性が増しただけだ。

 男が左手で早く来いと手招きしてくる。

 もはや選択の余地はない。僕は男の要求どおり、一人で店の外に出た。

 ユニアには申し訳ないが、彼女まで危険に巻き込む訳にはいかないのだから。

 せめて店員か通りすがりの人間が、あの男の怪しい挙動に気づいてくれたら良いのだが、閑散としたこの場所ではそれも期待できそうになかった。

「要求には従いました。あなたは僕を認識できるようですが、僕をどうするつもりです?」

 僕は男と少し距離をとった位置で立ち止まり、そう訊ねた。

【とりあえずオマエは死んでくれて結構】

「なっ?」

 いきなりの死刑宣告に僕は言葉を失う。

【必要なのはオマエの中に隠れ潜んでるモノだからな。オマエなんてどうでもいいんだよ。だからオマエを殺して中にいるモノをいぶり出す】

 男の口元に残酷な笑みが浮かぶ。

【恐怖に身を竦めて動いてくれるなよ。一瞬で消し炭にしてやるさ】

 冗談じゃない。僕が何をしたっていうんだ。

 やめろ。やめてくれ! 思わずそう叫びそうになったが、恐怖のあまり声が出ない。

 世界から認識されなくなったと思えば、今度は訳もわからず殺されようとしている。

 こんな理不尽、あんまりすぎるだろう!

 だが、目の前の男は無慈悲に火球を投げつけようとする。

 ……イヤだ。殺される。死にたくない!

 そう思った瞬間、僕の足は脱兎のごとく駆け出していた。自分の意思で動けたというよりは、もはや本能的なものだ。

 それと同時に、先ほどまで僕が立っていた場所で激しい爆発が巻き起こる。

 男が火球を投げつけたことによるものだろうが、もはやそんなものには構っていられなかった。あの場所にとどまったのでは殺されてしまう。

 僕は闇雲に逃げ回った。自分でもどこに向かっているかなどわかってない。足が動く限り全力で走る。あの男を撒きたい。死にたくない。その一心で逃げ惑う。

 だが、そんな考えなしの逃亡では当然ながら限界がある。

 気がつくと見覚えのない路地の奥に入り込んでしまい、その先は行き止まりという有様だ。

 慌てて戻ろうとするが、そんな僕を遮るようにして、あの男が立っていた。

「余計な手間を取らせるんじゃねぇよ」

 今度は普通に耳に聞こえる言葉だった。かなりの苛立ちが混じっている。

「次こそ動くなよ。逃げ回った所で辛い時間が増すだけだぜ」

「どうして僕は殺されないといけないんです」

「オマエの中に潜んでるものをいぶり出すには、それが一番手っ取り早いからさ」

 またそれだ。

 彼の口ぶりだと、僕の中に何かが隠れ潜んでいるということなのか? そして、それが原因で僕は命を狙われている。

「一体、僕の中に何があるというんですか? 僕にも訳がわからないんです。急に世界から認識されなくなって、そのうえ命まで狙われるなんて。あんまりじゃないですか」

「ごちゃごちゃうるせえよ。あんまりもなにも、単に運がなかっただけの話だろうが」

 男は面倒そうに言い放つ。
「人の運命なんてそんなもんだ。運のない奴は、予期もしないくだらない事故でだって、あっさりと逝くこともあるだろ? それと同じことだ」

「だとしても僕は死にたくありません。殺されずに済む方法はないんですか? 命を取らないっていうなら、何だって協力はします」

 もはや必死だった。自分の中に潜むものが何なのかなんてどうでもいい。それがこれまでの異変を引き起こしてきた原因ならば、そんなものはなくなってくれたほうがいいのだから。

「滑稽な命乞いはみっともないだけだぜ」

 嘲笑うような男の言葉。同情など通じない相手だということか。

 万事休すだ。僕にはもう抗うだけの気力は残っていなかった。


 恐怖と絶望で身体に力が入らなくなり、無様に尻もちをついてしまう。涙がとめどなく溢れて止まらない。

 泣くなよ。男だろ? そう自分を叱咤できるような、強い男子でなかったことが悔やまれる。

「みっともないよなぁ、オマエ」

 何とでも言え。そんなの僕が一番わかっているさ。

 もう何も見たくない、聞きたくない。ただ怖くてたまらないんだ。早く楽にしてくれ。

 目を閉じて、そう祈ろうとしたその時だ。

 前方のほうで何かを派手に叩きつけるような音が響き、男が苦悶の声をあげた。それに続いて、聞き覚えのある女性の声が僕の耳に入る。

「みっともないのはどっちよ! 子供相手に大人気ない」

 その声はユニアのものだ。

 目を開けると廃材の鉄パイプのようなものを構えた彼女の姿が見えた。男の方は不意打ちで後頭部を殴られたようで、肩膝をついてうずくまっている。

 だが、ユニアはそれで容赦するつもりはないようだった。鉄パイプを捨てて男の背後に回りこむと、ポシェットの紐でその首を絞め上げたからだ。

 サングラスの男は苦しみ悶え、じたばたと暴れる。それでもユニアは半泣きの表情で必死に男の首を絞めつけた。

「ま、待って。ユニア、それ以上はダメだっ!」

 僕は頼りない足取りで立ちあがりながら、彼女を止めに入った。

 このままだと相手の男が死んでしまう。どんな事情があろうとも、ユニアの手を汚させる訳にはいかない。

「邪魔しないでリグ! こいつはキミを殺そうとしてたんだよ。危険なやつなんだよ?」

「だからって殺していい理由にはならない。君が誰かを殺す姿なんて見たくない」

 僕はユニアを背後から抱きしめて懇願した。すると男の首を絞めていた彼女の手が緩んだ。

 男の方は失神しているようだった。幸いというべきか、まだ呼吸は感じられる。

「リグ。私……」

 我に返ったユニアの手は震えていた。僕はその手を優しく握ってあげる。

「ありがとう。手を止めてくれて」

「私こそごめんね。キミが怖い目にあってるのに助けに来るのが遅れちゃって」

 ユニアは泣きじゃくりながら僕に謝ってくる。

「それは君が悪い訳じゃないさ。最初に君から離れたのは僕なんだからさ」

「でもそれだってこの男がキミを強引に連れ出したからじゃないの?」

「……そうだね。どういう訳か、この人にも僕の姿は認識できるみたいで、一人で外に出て来ないと周囲に犠牲者が出るとか言われたんだ」

「キミは皆を巻き込むまいと、その指示に従ったのね」

 僕は小さく頷いた。

「だからって無茶しすぎよ。店の外では爆発事件が起きて大騒ぎになっちゃうし、そのどさくさにまぎれて外に出たらリグの姿も見当
たらないし。おまけにものすごい胸騒ぎがして、キミを探して走り回ってたら、こんな現場に遭遇しちゃうしで」

「ごめん。結果的にまた君を巻き込んでしまって」

「それはいいの。私はキミの力になりたいんだから……」

「気持ちは嬉しいけど、どうしてそこまでしてくれるんだい」

 善意なのはわかる。けれど、こんな状況になった以上、今後もどんな危険が待ち受けているのか予想がつかない。彼女は怖くないのだろうか?

 僕がそのことについても訊ねると、ユニアは困ったような表情を浮かべる。

「正直、私にもよくわからないの。たしかに怖いと思うよ。でもそれ以上にキミを放っておけないっていう気持ちの方が強くて。こんな答えじゃ駄目?」

「駄目ってことはないけど……」

「人を助けたいって思う気持ちに理屈なんてないと思うの。どうしても怖くて逃げ出したかったら、とっくにそうしているわ。でも、私はそうならなかった。だからこれが自分の素直な気持ちなんだと思う」

 泣き笑いのような顔でそう言うユニア。そんな彼女を僕は少し愛しく感じてしまう。人としての純粋な思いと優しさが伝わってくる気がしたから。

「ありがとう。ユニアはやっぱり良い人だね」

「なによ急に……そんないきなり誉めても何も出ないわよ。年上のお姉さんとして当然のことをしたまでなんだから」

「はいはい」

 何にせよ僕は彼女に命を救われた。その事実は自分の中でかなり大きい。

「それよりもリグ。この男は一体何なの」

 照れ隠しのように涙を拭いて、彼女は失神する男に目を向ける。

「わからない。突然現れて、僕を殺そうとしてきたからね」

「命を狙われる覚えは?」

「僕自身にはないつもりだけど、この人は僕の中にある何かを狙っているようだった」

「どういうことかしら。リグの中に何かがあるっていうこと?」

「残念ながら自分にも何なのかはさっぱり。でも、僕の中に隠れ潜んだものをいぶり出すとか言ってた」

「キミの身に起きてる異変と関係してそうね」

 ユニアは小さくため息をつくと、おそるおそる男を小突いた。

「起こして尋問でもすべきかしら」

「それって危なくないかな。さっきは不意をつけたとはいえ、次に暴れられたらどうなるか」

「勿論ちゃんと暴れないようにしてから起こすわよ」

「でも、この人、不思議な技を使うからな。魔法みたいな」

 僕は自分の見てきたものをユニアに伝えた。すると彼女は少し呆れたような顔になる。

「もう、リグ。どうしてそんな大事なこと言わないのよ」

「話の流れで言いそびれただけじゃないか」

「……まあいいわ。つまりこの男は魔法使いかもしれないってことね」

 ユニアはそう言うと、男のかけていたサングラスをいきなり取った。

 現れた素顔は何の変哲もない青年男性のものだ。

「見たところラゾリア人種って感じではないな。僕らと同じ地球種由来に見える」

 ラゾリア人種以外で魔法が使える者となると、特別な力を持った異能者ということになる。

 だが、僕のそんな感想をよそに、ユニアからの返事はなく、動きも止まっていた。

 訝しげに彼女の方を見ると、その顔は青ざめているかのように見えた。様子がおかしい。

「ユニア。どうかした?」

 僕がそう問いかけると、ユニアはかすれるような声でつぶやいた。

「私……この男と以前に会ったことある…」

「まさか君の知り合いなの?」

「……そこまでじゃないけど……それよりも、ここにいるのは危ないわ。キミを狙っている相手、この男一人だけとは考えにくい!」

 急に取り乱したように訴えてくるユニア。

「落ち着いて。どういうことだい?」

「彼……ううん。こいつら、連邦のプラクティカルメイジなのよ」

 プラクティカルメイジ? 聞き覚えのない言葉だった。

 だが、彼女がそれに怯えていることだけは良く分かった。

 それに命を容赦なく奪おうとする相手だ。危険極まりない存在だという認識は、僕の中でも嫌というほど根付いてしまっている。

 正直、一介の学生には、あまりにも荷が重い状況なのは間違いなかった。




~つづく~

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。